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8月15日に思うこと [雑感]

8月15日靖国神社

4/5【靖國神社】あなたにとっての靖國神社とは?[桜H22/8/16]

こういう人たちにTVのコメンテーターをやってもらいたい

1/3【靖國神社】第24回 戦歿者追悼中央国民集会[桜H22/8/17]

28:18中條 高徳氏 日本にA級戦犯はいないはずだ

2/3【靖國神社】第24回 戦歿者追悼中央国民集会[桜H22/8/17]

さかもと未明さんに注目!現代の日本人に警鐘

【靖國】英霊の言乃葉[桜H22/8/14]

英霊の言乃葉朗読:烏丸せつ子

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中條高徳『民族が滅びる3原則』

1 夢を失った民族は消えていく

2 全ての価値を物にとらえて、心の価値を見失った民族は滅ぶ

3 自国の歴史を忘れた民族は滅びる

ひとつひとつが現代の日本をよく捉えているのではないか。

戦後65年を経て、我々の精神が如何に荒廃してしまったのか。

200名を超える高齢者の行方が分からなくなっているという。

世界に冠たる長寿社会であることが、疑いをもたれる以前に

この人たちの家族は、何処かで恐らく亡くなっているであろう身内を、弔ふこともしていない。

それでいて普通に生活を営んでいるのである。

もはや身内にさえ関心が無くなってしまったということなのか。

以前TVニュースで放映されてショックを受けたのが、道端に植えてある花壇の花を、スーツを着た年配の男性が傘で蹴散らしていたシーン。何が気に入らないのか。

崖下に犬猫の死骸を100匹以上も投げ捨て、悪臭がしても放っておくペット葬儀業者。費用がかかるとして、命の尊さなどは考慮の外。

駅員への暴力が増え続けている。19年度751件、20年度752件、21年度869件(民鉄協)、中でも中高年の暴力が増え続けているという。突然切れて衝動が抑えられなくなっている。

自転車に乗った大人が、狭い歩道を我が物顔で走り抜ける。歩行者が邪魔だといわんばかり。子どもの手本になって、という声の主を睨みつける。

知らない者同士が巡り合う場は、今や敵意を向け合う場となろうとしている。

そこには、相手に譲るとか、気を配るとか、思い遣るとか、このようなものが抜け落ちている。

自分のことばかりで、人のことが見えていない。

もっと、もっと、一番大事なものが忘れられていないだろうか。

65年前の人達は裕福ではなかったが、今の人たちに欠けるものを沢山持っていたと思うのだが。

加地 伸行 立命館大学教授(産経8月11日)の『知らぬ顔してきた不作為の罪』という記事に心を打たれた。

『敗戦当時、(就業人口の7割を占める、平均的日本人である農民たちは)敗戦を冷静に受け止めていたのである。・・・・関心は占領されるという現実の方へ向かっていたのである。

私は、それを非難しようとは思わない。現実的になるのが生活者というものであろう。己れの安心安全が第一というのが生物の本能だからである。それはそれで生物的には正しかった。

しかし、その瞬間から、他者のことはすっぽりと抜け落ちてしまったのである。

すなわち、アッツ島の玉砕、硫黄島の壮烈な抵抗、特別攻撃隊の散華、そして沖縄の絶望的な決戦、すべて自己とは無縁なできごととして忘れていったのである。

これは人間として正しいのであろうか。

沖縄県民の怒りは、敗戦後、県外日本人が沖縄を忘れていったことにあるのではなかろうか。私は保守思想家である。だから、左翼系の硬直したイデオロギーまみれの運動には批判的である。

彼らがどれほど沖縄を食いものにし、沖縄問題を歪めてきたことか、罪、万死に値する。

しかし、イデオロギーとは関わりなく日本人一般が、敗戦の日から沖縄を忘れ、他人事のように知らぬ顔をしてきた不作為の罪もまた、同じく万死に値する。

・・・・途中省略・・・・・沖縄を同胞の視点で見ない、民主党政権の不見識のため、今や普天間基地移転だけが沖縄問題のようになっている。しかも県外日本人の大半は、自分とは無縁な政治問題としてしか見えていない。

そこには、敗戦の日の夕方、己れの安全の議論に熱中していた農民の姿勢に通ずるものがある。

沖縄問題を政治問題に限定し抽象化するのではなくて、同胞として実現可能な様々な具体案を提示すべき秋(とき)である。

 


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